フランス革命の動乱期に、マリー・アントワネットやナポレオン妃ジョゼフィーヌに仕えた宮廷画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759~1840年)は、バラの花の魅力に取りつかれ、169枚の銅版画からなる大著『バラ図譜』(Les Roses)を完成させました。
「花のラファエロ」とまで称えられたこのボタニカル・アート(植物の姿をありのままに描く芸術性も備えた絵)の天才画家は、手の込んだ技法で多くの植物画を残し、現在に至ってもその作品価値は色褪せていません。
しかし、ルドゥーテの作品が完璧なるがゆえにそれ以降に彼の作品を超える「バラ図譜」は現れませんでした。
そこで私はイングリッシュローズ、フランスローズ、アメリカローズ、ドイツローズ、日本ローズなど近年に栽培された品種のモダンローズを中心にしながら現存するバラの原種ワイルドローズやオールドローズも撮影し、それぞれを正確に忠実にコンピューターで仕上げ世界初の新しい薔薇写譜を作っています。
以前から植物が好きで長い年月をかけて草花の写真を数多く撮ってきました。その過程で撮影対象として対峙する植物から発する繊細な「気」を受け止める事ができるようにもなりました。
ルドゥーテが生涯描いた4,000枚以上の植物画には、ほぼ同時代に生きたモーツァルトが軽やかで華やかな旋律の音楽を紡ぎ続けたと同じように、美しいもののみを信じて創作していた芸術家に共通の透明な視線が感じられます。これはどこか自分の草花を撮影する時の感覚と相通じる部分でもあると強く思うのです。
ルドゥーテの描くバラは、ボタニカル・アートとしての忠実な描写を出発点としながら、バラの肖像画とも言うべき境地にまで達しています。
絵筆とは違ったやり方でこの肖像画を描く為に写真家としての撮影テクニックを駆使し、さらに光を操る表現方法を創りだしました。植物の描写を光で描くという意味で、光画「薔薇写譜」と捉えこのように名づけました。
私はルドゥーテへの大いなる敬意を持ちながら絵筆をカメラとコンピューターに持ち替え、いつまでも飽きのこない貴賓を湛えた「薔薇の写譜」を創作しています。
絵画とは一味違った繊細な光のタッチから、バラ園に訪れる喜びとバラたちの囁き声を感じていただけたら幸いです。
小川勝久